カテゴリー「表現」の3件の記事

2015/05/22

外回り内回り

山手線の二方向の列車を区別するのに、外回りと内回りという表現が使われていた。私は、通学に使うようになった四十年前から疑問を持たずに受け入れていたのだが、そう言っても通じない人がかなりいるということは、齢を重ねると共に感じるようになって行った。

それを、最近はあまり使わないというのを聞いた。わからない人が多いからというのは納得するのだが、「電車が左側通行なのを知らないと」という説明が付いていて、首を捻ってしまった。

たしかに、外回りが時計回りで内回りが反時計回りというのは、左側通行なのを知らないとわからない。その点で、内外回りを使うよりは、時計回りか反対かを使った方が直接的でましな表現だと思う。

 

しかし、外回りがどちらかわからない人に時計回りと言ったら通じるのか? そこが疑問だと思ったのだ。

もし通じるのであれば、積極的に時計回りと反時計回りを使うべきだと思う。

なお、

  新宿駅構内図

 など、今でも内回り外回りという表現は使われている。

 環状線を離れると、上下線という区別は、inbound / outbound という言葉で英語圏でも使われているように思う。

問題が起きるのは、近年増えている都心を通過する線。地下鉄は、終点が決まっている場合が多いから、それほど問題にならない。しかし、湘南新宿ラインや上野東京ラインの末端は多様である。

京浜東北線には南行と北行という区別があるが、大船方面と大宮方面で区別する方が多くの人に理解できるのではないだろうか。

しかし、高崎も宇都宮も、小田原も逗子も行く湘南新宿ラインの向きをどう区別したらよいのか、悩ましい。大局的には、南北だと思うけれど。

 

2013/04/12

CD のような

従妹弟の披露宴で、チェロを弾くよう頼まれたことがある。

無伴奏で弾くのも苦しいので、ピアノの叔母に一緒に弾いてくれるよう頼んだが、振られた。

仕方がないので、当時一緒に弾いていた室内楽のメンバーに頼んで弦楽四重奏を持って行った。

 

賓客 (本題から外れるが、主賓と対になる言葉を知らないので探したら、陪賓であった) を迎える間も弾いていたのだが、その中の知り合いが寄ってきて言うには、「CD のようですね」。

驚いた。どうやら誉められたらしい。悪意のない発言であった。

 

しかし、生演奏を聴くこと演奏することの価値を痛感する身としては、録音のようだと言われたのには、それを否定されたという第一印象を持たざるを得なかった。

録音のようであるならば、録音を使えば済んだのではないか、と。

生ゆえに事故を起こすこともあるのだが、それでも、新郎新婦を知っている人間が生で弾くことに価値があると思っている。

 

それは聴く方にもつながっていて、東京でさまざまな演奏を生で聴ける環境を有難いと思う反面、録音を聴くことに投資してもしょうがないと思ってしまう。

楽器を弾く友人の中には、超高級な再生装置を持っている方もある。それで聴くのは確かに迫真の音なのだが、でも、自分はそこに投資するだけの資金があったら生を聴くことに費やしたい。

演奏者と聴衆とが一対一でなくても、生を聴くことで演奏家から受け取れるものは、録音できる情報とは比べようのない価値のあるものだと思う。

2009/11/28

Post-It Love

wink

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