カテゴリー「地理」の13件の記事

2015/05/22

外回り内回り

山手線の二方向の列車を区別するのに、外回りと内回りという表現が使われていた。私は、通学に使うようになった四十年前から疑問を持たずに受け入れていたのだが、そう言っても通じない人がかなりいるということは、齢を重ねると共に感じるようになって行った。

それを、最近はあまり使わないというのを聞いた。わからない人が多いからというのは納得するのだが、「電車が左側通行なのを知らないと」という説明が付いていて、首を捻ってしまった。

たしかに、外回りが時計回りで内回りが反時計回りというのは、左側通行なのを知らないとわからない。その点で、内外回りを使うよりは、時計回りか反対かを使った方が直接的でましな表現だと思う。

 

しかし、外回りがどちらかわからない人に時計回りと言ったら通じるのか? そこが疑問だと思ったのだ。

もし通じるのであれば、積極的に時計回りと反時計回りを使うべきだと思う。

なお、

  新宿駅構内図

 など、今でも内回り外回りという表現は使われている。

 環状線を離れると、上下線という区別は、inbound / outbound という言葉で英語圏でも使われているように思う。

問題が起きるのは、近年増えている都心を通過する線。地下鉄は、終点が決まっている場合が多いから、それほど問題にならない。しかし、湘南新宿ラインや上野東京ラインの末端は多様である。

京浜東北線には南行と北行という区別があるが、大船方面と大宮方面で区別する方が多くの人に理解できるのではないだろうか。

しかし、高崎も宇都宮も、小田原も逗子も行く湘南新宿ラインの向きをどう区別したらよいのか、悩ましい。大局的には、南北だと思うけれど。

 

2013/08/27

アルプス一万尺とグランドキャニオン

この夏は久しぶりに上高地を歩いてきた。今回徳沢まで行ったのが一番奥で、それより高くに登ったことはないのだが、見上げる稜線に、グランドキャニオンの底から見上げる縁 (rim) を思い出した。

考えてみると、上高地が五千尺、小槍が一万尺 、標高差もおよそ五千尺 1,500m である。

対するグランドキャニオン、底の宿が 750m、南の縁が 2,150m ほどで標高差は 1,400m。似たような関係であった。

無論、絶対標高が高くて気圧の低い方が苦しいに決まっているし、上の方が交通も設備も整っている谷とは比較にならないけれど、自分の知っている物差で穂高連峰を感じることができるようになった。

2012/05/17

京王多摩川駅はなぜ「京王」なのか

京王線の駅には、「京王」が頭に付くものは少い。

 京王八王子、京王片倉、京王稲田堤: 国鉄の駅と離れていた
 京王多摩センター、京王永山: 小田急の同名駅と定期券の表記を明確に区別する意図があった
 京王堀之内: 京急の堀ノ内と識別する意図があった

という理由は推測が付く。
わからないのが、京王多摩川である。現在は東急に多摩川駅があるが、歴史を見ると、京王多摩川の駅名が決まった 1937 年は、東急が多摩川園前になった 1931 年より後のようだ。
過去の東急の駅名に遠慮したのか、二子玉川や和泉多摩川に遠慮したのか。既設の○○多摩川に遠慮するのであれば自然な配慮に思えるが、数十年後に再び「多摩川」になった東急の駅は、それに比べて無遠慮に感ずる。
多摩川に近いという情報の他に流域のどの辺りかを示す識別子を入れたくなるという理由はわかるのだが、それなら、京王の本線が多摩川を渡る中河原―聖蹟桜ヶ丘の方が、「京王多摩川」を想起させる位置のように思える。

小田急も社名が頭に付く駅は少いが、東急には一つも思いつかない。それが、強盗慶太の流れを引く文化? 国鉄の都合で武蔵溝ノ口に合せる必要もないように思うが、他線の駅名を意に介さず地名部分だけを取って駅名にするところは、多摩川駅と同じ流れのような気もする。

2012/05/13

自転車のナビと充電

連休に自転車で北海道まで行ったという友人が、道を何度か間違えたから次は GPS を持って行こうと言っていた。
彼は iPhone を持っているので、それを自転車に固定できれば解決するのではないかと問うたら、電源問題でできないのだと言う。
言われてみると、昼間中使うためには補充電が必要だろうし、そもそも交流電源のある宿に泊ることは少いのだそうだ。
GPS は、単三電池駆動なので電池を使い捨てればよく、iPhone は限られた目的にのみ使って、三日くらいもたせるという話だった。

現代はどのような旅でも電源が必要な機器が多いけれど、大きな電力が必要なものは少なかろう。自転車でも、例えば USB の仕様の充電能力を持っていると便利なのかも知れない。
自動車は、二十年前には「シガーライター」という標準給電端子を持っていたが、今はどんな形の電力を供給できるのだろう。電気自動車の受電側は、例によってガラパゴス化したようだが。http://clicccar.com/2012/05/05/146674

2012/02/10

新都心と副都心

「さいたま新都心」という駅ができた時、市の合併に合せて、県庁もそこに移転したのだと思い込んだ。実際にそこまで行ったこともあるが、合同庁舎があるのだから、そのどこかに県庁も入ったのだと思った。
その後、何も疑わずに県庁所在地駅としてさいたま新都心のことを話していたら、話が噛み合わない。そこで初めて、今も浦和に県庁があることを知った。

思い返すと、東京には副都心という言葉があった。新宿が筆頭だったが、池袋や渋谷を含めて七つあったらしい。しかし、都庁が移転して来るに及び、新宿は新都心になったのだと思っていた。実際には、そのような定義がされた訳ではなさそうで、今も新宿は副都心扱いらしい。
ともかく、それが頭にあったので、埼玉に「新都心」という言葉を見た時、そこが新しい県庁だと誤認したのだった。副都心と新都心という言葉が両方使われているが故に生じた誤解だ。

2012/02/05

一般道の高速バス

自転車で歩道を走っていたら、横浜駅から中央道方面への高速バスを追い越した。首都高速より早いという判断か、料金による選択か?
一般道で渋滞している高速バスは、何か哀れだ。

2012/01/20

ダイヤモンド富士のはずが

今日は、勤務地からダイヤモンド富士の見える日である。

日没 (正確には富士山頂を見上げる角度を横切る) の方角が富士を見る方角と一致する日にダイヤモンド富士になる訳だから、見る場所によって日は異なり、一般には冬至前と冬至後の二回ある。
勤務地では、一度目は 11 月下旬、二度目が 1/20 付近だが、11 月はまだ天候が安定しないので、二冬続けて見ることができなかった。
1 月は、去年よく見ることができたのだが、今年はこの雪。明日はまだ可能性がありそうだが、休日で天候もまだ回復しそうにない。

来年まで待たなければならないようだ。

2011/05/19

麻布の大名屋敷

中学に通っている頃、広尾の駅から学校まで行く途中に、大きな木戸のある屋敷があった。タイミングが合うと、そこから黒塗りの車が現れ、学習院 (初等部) の制服の少年二人が乗っているのに出会った。
当時は、金持ちが住んでいるんだな、程度の認識でやり過ごしていたのだが、後年、その近くにマンションが建つという宣伝を見て、そこが米荘閣という堤清二の建てた迎賓館と接することを知った。

件の屋敷はだいぶ切り売りされたようだが、航空写真で見ると、まだ住宅らしき建物が一軒だけ残っているようだ。
古地図との対応を取るのが難しいが、北條遠江守あたりか?

佐々木 譲の「エトロフ発緊急電」に麻布の華族邸の話が出てきて、そんなことを思い出した。

2010/04/15

ISS 野口聡一さんの写真

ISS の野口さんの写真がすごい: http://twitpic.com/photos/Astro_Soichi

Google Map で同じところを見られる写真もあるけれど、ほぼリアルタイムであるところが大きく違う。氷河の後退、火山の噴火、地震被災地など、現在の写真の価値は高い。夜景の写真も Google では見られないもの。

その一方、芸術的な写真も増えてきた。オーロラの写真は以前からあったが、特に昨夜の

Midnight running! Galaxy Express 131, Discovery.
には感動した。

2010/01/08

コロプラのメール通知機能

位置ゲームのコロプラをやっているが、最近メール通知機能ができて便利になった。
しかし、障害も増えた。今は、WevView のフィールド画像が最新のものにならない.....

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