カテゴリー「心と体」の2件の記事

2010/04/14

血液型

Twitter を眺めていたら、子供の血液型を調べるよう要求される医師の話が出ていた。国外の方もいらしたようなので、日本の血液型信仰事情を書いたりやり取りをした。

放っておけばそのまま流れて消えて行くのだが、それをまとめるサービスができているので、


というリストを作って記録しておいた。

「幼稚園入園のために血液型を検査して下さい」とか「いまどきのピンクや空色のランドセルの内側にも血液型書くとこがあります」とか。いや、後者には悪意はないのかも知れないが、日本の血液型信仰は非常に強いという認識を新たにした。

2008/10/21

三感を研ぎ澄まし (Dialog in the dark)

学校の先輩に背中を押され、未来館で開催された Dialog in the dark  へ。視覚が使えない環境で、聴覚、触覚、嗅覚の三感に頼って (味覚は事実上使う機会がなかった) 人とコミュニケートしつつ行動する体験。

この企画は一昨年初めて知ったのだが、近くでやってくれている間には行きそびれ、台場地区まで遠征。

感じたこと:

  • はじめに明るいところで外回りのスタッフから説明を受けて、次に僅かに明りの残る二重扉の間の空間でアテンドの「隊長」に紹介された。そこで、初対面の人たちに対して、外でよりはるかに抵抗なく話せる自分を発見した。照れとか羞恥心は、視覚に大きく依存することを自覚した。
  • 声が、非常に大きな情報源になる。個人識別も声によるし、人の位置も声で判断することになる。黙っている人はそこにいないように感じられ、隊長の声に安心する。声から各人のイメージを構築したが、外に出てから外見との対応を取ることができなかった。
  • 「見えるような感じ」は、こめちさんと同じ。喋っている人は、そこにいる感じがした。置いてあった人工物も、見たかのように鮮明に覚えている。
  • 会場が、おそらく実際より広く感じられた。会場を見られる機会はないのだが、一時間経って次のグループが入って来た時、すぐ隣を通ったので驚いた。見えないために移動速度が遅いせいか?
  • 視覚障害者には、「方向感覚」が晴眼者よりはるかに重要になるのではないかと思った。自由に歩くためには、頭に地図を構築して、そこにさまざまな情報を割り付ける必要があるだろう。元の地図がしっかりしていないと、苦労するだろうと感じた。
  • 事後に会場を光の下で見てみたいと思った。

飲物の後で、隊長に経過時間の推測を訊かれた。私はほぼ正確に一時間と感じたのだが、ずっと短く感じていた参加者が多かった。その時、隊長がどんな時計を使っているのか訊ねたのだが、針にさわれるものだそうだった。探したら、盲人用、視覚障害者用腕時計がみつかった。これは、私にも便利かも知れない (肌が弱くて腕時計を持っていないのだが、電話の時計を見るのがはばかられる状況がある。そのような時には、触れて時間がわかる時計が有用に思える)。

D1

受付。

以下は、次回以降に参加してみようという方のために:

  • 開催案内 ML に参加しておくこと。
  • 今回は ML で連絡が来たその日にほぼ満員になったが、券を予約して購入しなかった人の分が出てきた時 (四日後) に、買うことができた。
  • 体験時間は約一時間と言われていたが、それは暗闇に居た正味の時間だった。14:15 の開始時刻に対し、14:00 集合で、解散はおよそ 15:45 だったと思う。


追記

2009/3 から外苑前に常設の施設ができた。
それでも満席の日が多いようだ。