« CP+ で中井精也さんのお話を | トップページ | 読み方を教えない虐待 »

2016/03/08

指導者を得ること

専門家の指導を仰げばよいのに、と思うことが重なった。

 

音楽

楽器

楽器を始める時に専門家の指導を仰ぐのは、比較的多くの人が当然のことと受け入れているように思う。それは子供の時に始める場合に限られるのかも知れない。

就職してから出逢った中には独学でチェロを始めたという人もいて、驚いた。楽譜が読めて教本があれば、それで始められると思うのかも知れない。

しかし、ほんの些細なことに思えて他人に指摘されるまで気がつかないことがどうしてもあるし、今の自分の技術水準で特に足りないのがどこかを指摘してもらうことも、とても有効だと思う。今からでも習えばずっとよくなるのに、と思うことが多い。

 

合奏

自分が中学で弦楽器を始めて以来、管弦楽で弾いてみたいと思っていたが、その機会は大学までなかった。

中高の間は部の活動で、楽器は小さな合奏、最大でBrandenburg協奏曲の四番程度のものを弾き、主には四部合唱をやっていた。合唱は音大から非常勤でいらしていた先生に指導して頂いたが、楽器は足りないパートを卒業した先輩に頼んでいたので意見をもらうことはあったものの合奏全体を見通して指導してもらったことはほとんどなかった。合唱で受けた指導は、その後の器楽にも役立っているが、合奏経験は「この曲を弾いたことがある」に留まっている。

 

管弦楽

大学では管弦楽団に所属したので、全体合奏も弦楽器だけの「分奏」も、専門家に指導して頂いた。各自、楽器を専門家に習うことが参加の条件になっていて、唯一自力でやっていたのは同じ楽器の「パート」の中の練習だった。それも、時々は専門家に見て頂く機会があった。

同じことを何度も言われて腑甲斐ないと思ったところも多々あるけれど、当時受けた基礎的な訓練は有効だった。専門家に指揮してもらって得られるものと別の次元で、糧になっている。

 

室内楽

一方、管弦楽団の中で有志で室内楽 (最低二人、主に三から五人、多いもので八人程度の合奏) をやる機会がよくあった。合宿の宴会前とか学園祭とか。それを専門家に見てもらう習慣がなかった。学生ゆえ小人数でお願いするのは負担が大きかっただろうとも思うが、先輩に見てもらうだけでもずいぶん違ったのではないかと今にして思う。もったいない時間の使い方だった。

就職してからは職場の管弦楽団に所属し、そこでも室内楽をやった。メンバーに経営者だった方 (要職を退任されてから楽器を再開されたのだと思う がいて、「四重奏やるならレッスン受けよう」という言葉が自然に出てきた。

率直に言って、それまで考えたことのない提案で面喰った。しかし、レッスンは濃密な時間で、とても得るところが多かった。我々の側は、決して譜面通り弾けていないし、言われたことがすぐできるようになる訳でもない。でも、言われたことは納得できたし、その後の指針になった。

後から考えて、足りないところに外の力を導入しようと考えられるのが経営者の視点なのだな、と思った。大学で同期だった友人と室内楽を続けていたら、そのままずるずるとやっていたのではないかと思う。

 

写真

写真を撮るのは好きだったが、デジタルの時代になって「シャッター速度を選べるコンパクトカメラはないか?」と思った程度で、「独学」すらせずに撮っていた。その頃の写真を見ると、日の丸構図の山。

SNSの時代になって写真家と交流ができ、話を漏れ聞いている内に、「三分割法」という言葉すら知らないことに問題を感じた。まず本を読んで基礎知識を仕入れた。

SNSに撮った写真を載せてコメントを頂ける機会があり、視野が広くなった。

カメラを買うにもアドバイスをもらったが、買ってからは、そのメーカーの講座に参加できるようになり、様々な撮ったことのない分野を経験することができた。

そして、去年は写真家ご本人の写真教室に参加することができた。その場でもらったアドバイスは数点だけれど、アドバイス前後で違う写真を撮っているのが目に見える。

きっかけになったこと

この記事を見たのが、この記事を書くきっかけになった。

体験に基づく否定を信ぜよ         http://lord.takerunba.com/entry/2016/02/25/004528

> 特別なことに経験がある人の否定的な意見は信ずるに足る。

否定的なことに限らない。先駆者があるなら、まずそこから得られるだけのことを学んで、その先を目指したらよいと思う。

 

これもその一例 http://diamond.jp/articles/-/86961

 

先が短いと感じる年齢になり、時間を有効に使いたいと強く思うようになった。物より知識に投資したい。

車輪を発明するのは楽しいかも知れないが、それをする時間の余裕は自分にはもうない。誰かが作ってくれた車輪があるなら、それを使って何ができるかを考えたいのである。

 

« CP+ で中井精也さんのお話を | トップページ | 読み方を教えない虐待 »

写真」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1164779/64251199

この記事へのトラックバック一覧です: 指導者を得ること:

« CP+ で中井精也さんのお話を | トップページ | 読み方を教えない虐待 »