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2015/05/21

記譜可能騒音

近所のマンション建設現場で、不快な騒音が始まった。サザエさんの屋外場面で使われている「音楽」。日曜は休業なので静かだが土曜は平日と同じく朝からやっていて、苦痛で叫びたくなる。
探すと、同じ苦痛を抱えている人がいる。
 
 
この例とは違って「延々とエンドレス」ではないが、エレベーターが動く時に鳴るようだ。朝一番は運び上げるものが多いのか数十分続けて鳴り、その後間歇的になる。そうなると、罪は工事会社よりもエレベーター製造会社にあるように思う。
 
似たような例で、自動車工場を見学した時に見た無人搬送車が、何かのメロディを始終鳴らしていたのを思い出した。動くもの警告するために音を出すのは、必要なことだろう。ハイブリッドや完全電動の自動車で話題になったように。
しかし、警告音が、意味を持つ「記譜可能」な音である必要はないだろう。音程の変動しない、ベルやブザーのようなものであって欲しい。音程が聞き取りにくいホワイトノイズであれば、助かる。
こういう騒音を無視できる人も多いのだろうと思う。しかし、私の家族は、皆叫びそうになっている。
(サザエさんの番組の中で一話に一回出てくるのは、苦痛でもないし、情景の描写として聞いている。苦痛なのは、文脈を無視した使用と繰り返しである)
 
このような、「音楽」とは言いがたいが譜面に書き取ることができる「記譜可能騒音」は、他にもある。
駅の「発車メロディ」:
 
 
これも苦痛である。旅行先で一度聞くだけなら、そんなものかとやり過ごせる。しかし、生活路線で毎日同じものを聞かされるのは、大変な苦痛である。
上り下りで違う「メロディ」を使う駅も多い。上下線のメロディを混ぜて聞かされるのは、さらなる苦痛である。
なぜ、こんな騒音をわざわざ作って宣伝までするのか。
発車ベルは、騒音ではあったかも知れない。しかし、叫びたくなるほど不快なものではなかった。
 
私は、「記譜可能」と言っても、聞いた音がすべて音名になるほどではない。しかし、
 
 
を信ずるなら、私には記譜できないような音でも音名が浮かぶ人もいるようだ。そういう人の苦痛は、私の苦痛をはるかに超えた絶大なものだろうと思う。
 
別の事例を探して、煙草に思い至った。
私は子供の時から、煙草を不快かつ危険 (火災の意味で) なものだと思っていた。しかし、その蔓延度からして、これから逃れることはできないものと諦めていた。
中学の時、数学の先生が嫌煙運動を立ち上げたことを知ったが、蟷螂の斧の虚しい活動だと見ていた。
しかし、その後の展開は私の予想とは大きく異なった。今のように、まともな店は禁煙になり、職場も息ができるようになるとは、1990 年代でも想像できなかった。
公道に煙を流して火を振り回す輩は消えないけれど、革命的な改善が達成できたと思う。
 
それを考えると、記譜可能騒音も諦めてはいけないのかも知れない。苦痛に感じている人が、地道に声を上げるべきなのではないか。
鉄道会社にもエレベーターメーカーにも苦情を言い続ければ、いずれは改善されることもあるかも知れない。
自分が生きている間には実現できなくとも、それをするのが若い世代に対する我々の義務なのではないかと感じている。

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