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2013年8月の4件の記事

2013/08/28

プールの祈り

近所のプールでは、監視台に座っている監視員が交替する時に儀式がある。前の監視員が異状のないことを確認してから、後任に引き継ぐ。

やっていることが確認であることは想像できるのだが、何度見ても、それが何かの祈りのように見えてしょうがない。

監視台からプール面を右から左へおよそ 30°ずつ確認して行くのだが、その時に手刀を切るのである。指差確認の方が違和感が小さいだろうと思うのだが、これが手刀になると、祈っているように感じられてならない。

プール面を確認した後、上を仰いでさらに数回手刀。これは、地震で天井が落ちたプールがあったことに対する追加の確認作業なのだろう。そういう意味付けは考えられるのだが、天に祈っているように思えてしまう。

このプールないし自治体内のプールでの習慣だろうと思っていたのだが、隣の自治体のプールに足を伸ばすことがあったら、同じ儀式が行われていた。
さらに遠くの民営化されたプールでは、そのような儀式はなかった。
どの範囲でこの「祈り」が行われているのか、興味がある。

2013/08/27

アルプス一万尺とグランドキャニオン

この夏は久しぶりに上高地を歩いてきた。今回徳沢まで行ったのが一番奥で、それより高くに登ったことはないのだが、見上げる稜線に、グランドキャニオンの底から見上げる縁 (rim) を思い出した。

考えてみると、上高地が五千尺、小槍が一万尺 、標高差もおよそ五千尺 1,500m である。

対するグランドキャニオン、底の宿が 750m、南の縁が 2,150m ほどで標高差は 1,400m。似たような関係であった。

無論、絶対標高が高くて気圧の低い方が苦しいに決まっているし、上の方が交通も設備も整っている谷とは比較にならないけれど、自分の知っている物差で穂高連峰を感じることができるようになった。

2013/08/05

PC を使って肘が痛い

四月に職場内の移動で机が変わってしばらくしてから、右肘が痛くなった。
ちょうど五十肩の話を聞いたところだったので「五十肘」という言葉も頭に浮かんだのだが、原因はおよそ予想がつく。
机の高さが低くなり、椅子をその下に入れることができなくなった。
そのため、キーボードで書く時に肘を机上に置けなくなったため、腕の重さを肘で支えられず、痛みにつながったのだろうと。
昔は同じ机でも椅子が下に入ったのだが、それが入らなくなったのは、椅子に肘掛けが付いたためである。
肘を肘掛けに載せて重さを支えるよう努力はしているのだが、右手はマウスも使うために動く範囲が広く、肘掛けで支えていない時間が左より長いのだろうと思う。

 

そこで、椅子を机の下に入れることは必須だと判断し、天板の下に付いている薄い引き出し (中央引き出しと言うらしい) を撤去することにした。
左右の隙間は僅少だが、なんとか肘掛けを天板の下まで入れることができた。
そうやって自分が前進すると、肘は天板に乗るのだが、今度はマウスを動かす領域も奥に作らないといけない。
机上の配置を変えて、なんとか肘を載せたままキーボードもマウスも扱えるようにした。
視線移動は大きくなってしまったが、今は肘が最優先。

 

一週間ほど経ち、どうやら肘の痛みが収まってきた。
それはよかったのだが、肘を浮かせた体勢で作業している人はいっぱいいる。頭を体躯の真上に置かずに画面を覗き込んでいる人も。
若い人ばかりではないのだが、どこにも痛みを感じていないのか、心配になる。
私は、目もちらつきに弱く、ブラウン管モニター時代にはずいぶん苦労したので、PC 利用環境には敏感なのだが、多くの人は、自覚症状なしに作業ができているのだろうか?

2013/08/02

映画館の音量が苦痛

映画を観に行くと、始まってから後悔する。なぜ、こんな爆音を聞かされなければならないのだ?
観たい映画は多いけれど、映画館に行くのには躊躇する。

せめて、最も集客のよい点を選んであの音量になっているのであって欲しいと思う。映画館の独断でああなっているとしたら、許しがたい暴力である。

誰か、映画館ごとの音量測定値をまとめていないかと探したら、主観評価をしている人はいた。

シネコンミシュラン

> 管理人の体験、体感を元にした経験が全てです

大音量を肯定しているようだが、参考にしてみよう。

一方、

映画館の音量

の回答に

> 良い音はこのダイナミックレンジがとても広いのです

とあった。生の音楽であればダイナミックレンジにも限界があるからそう言われても納得できるとして、人工音でレンジを拡げられても苦痛が増すだけではないか。

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