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2013年4月の2件の記事

2013/04/12

CD のような

従妹弟の披露宴で、チェロを弾くよう頼まれたことがある。

無伴奏で弾くのも苦しいので、ピアノの叔母に一緒に弾いてくれるよう頼んだが、振られた。

仕方がないので、当時一緒に弾いていた室内楽のメンバーに頼んで弦楽四重奏を持って行った。

 

賓客 (本題から外れるが、主賓と対になる言葉を知らないので探したら、陪賓であった) を迎える間も弾いていたのだが、その中の知り合いが寄ってきて言うには、「CD のようですね」。

驚いた。どうやら誉められたらしい。悪意のない発言であった。

 

しかし、生演奏を聴くこと演奏することの価値を痛感する身としては、録音のようだと言われたのには、それを否定されたという第一印象を持たざるを得なかった。

録音のようであるならば、録音を使えば済んだのではないか、と。

生ゆえに事故を起こすこともあるのだが、それでも、新郎新婦を知っている人間が生で弾くことに価値があると思っている。

 

それは聴く方にもつながっていて、東京でさまざまな演奏を生で聴ける環境を有難いと思う反面、録音を聴くことに投資してもしょうがないと思ってしまう。

楽器を弾く友人の中には、超高級な再生装置を持っている方もある。それで聴くのは確かに迫真の音なのだが、でも、自分はそこに投資するだけの資金があったら生を聴くことに費やしたい。

演奏者と聴衆とが一対一でなくても、生を聴くことで演奏家から受け取れるものは、録音できる情報とは比べようのない価値のあるものだと思う。

2013/04/03

smartphone は日本語以外で画期的だった

日本の携帯電話が独自の発達を遂げたのはその通りだと思うが、その理由に、文字入力の容易さがあったように思えてならない。
もちろん、専用の web 環境が整ったことも一因だけれど、日本語入力が五十音表に基づいた系統立ったものだったことも大きかったと思う。
自分も iPhone を使うようになり、各国のキーボードを見ることができるようになった。
タイプライター配列にも言語差があることを知ったが、ほとんどの言語は、qwerty を基礎に置いたキーボードを前提にしている。
10 キーを使う言語でみつけられたのは、中国語それぞれの「筆晝 (?)」という入力方式だけ。

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blackberry はほとんど知らないが、qwerty キーボードが使えたところが普及の大きな要素ではないかと推測している。

10 キーでアルファベットを入れるのは、面倒すぎる。
翻って日本語の五十音は、10 キーでも qwerty でも 2 タッチ は必要だから、10 キーに慣れてしまえば qwerty の有り難みがない。
タッチパネルのスマートフォンが現れたことは、qwerty 入力の言語 (いや dvorak でもよい、10 キーでは入力し難い言語) を使う人には革命的だったのだと思う。
日本語向けにはフリック入力を作ってくれた訳だが、"flick input" で他の言語の入力方式をみつけることができなかった。ほぼ日本語専用の入力方式。使いこなすことはできるが、それでもハードウェアの 10 キー (2 タッチ) には速度で敵わない。
スマートフォンで可能になったソフトウェアキーボードは、日本語以外の言語を使う人に大きなご利益だったと思う。

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