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2009/02/06

Morgantown と幼時の記憶

私は、二歳の夏から三歳の夏まで、親の仕事の都合で米国東部の Morgantown という町に住んだ。
父は私がバイリンガルになってしまうことを恐れて、極力英語から遠ざけていたが、両親とも車を運転できなかった割に、よく外に連れ出してくれた。 小川の先がトンネルになって、その手前はかなり深そうだったこと、林の中を線路が通っていて、柵も何もなく、渡って散歩していたら、そこに長い貨物列車が 来たこと、冬には雪が降り、最初に住んだ一戸建てから逃げ出して職場のアパートに住むようになったこと、アパートの地下のコインランドリー、よく連れて行 かれた A&W のレストランなどの光景を覚えている。
この町は、日本ではほとんど知られていないと思うが、小学生の頃、世界の交通機関を紹介する番組に名前が出てきて、びっくりしたのを覚えている。Morgantown Personal Rapit Transit  を見ると、この Personal Rapid Transit (PRT) は実験的なもので廃止されたと思い込んでいたのだが、現役であるらしい。
絵本をあまり持って行けなかったのだろう、父がスケッチブックにクレヨンで続き絵を描いて、桃太郎や浦島太郎の話を語ってくれたのを覚えている。

最寄の都市は、隣州の Pittsburgh だった。ここへは、父の友人の車で何度か行ったようだが、デパートに天井の縁を走る子供用のモノレールがあって、それに一人で乗せられて大泣きした写真が残っている (^_^;

この一年の間に、何度か旅行をしたようだが、フランク・ロイド・ライトの落水荘の光景、自由の女神に登るエレベータに大行列ができていたこと (それに乗らずに、女神は下から見上げただけだった (^_^;)、リンカーン記念館で巨大なリンカーン像に圧倒されたことを覚えている。ニューヨークやワシントンには飛行機で行ったのだろうと思うが、ある いはピッツバーグに行った時であったか、汽車に乗ったこと、蒸気機関車を見たことも記憶にある。

帰国時には、サンフランシスコとハワイに泊ったようだ。サンフランシスコのケーブルカーのターンテーブルで人が車輌を転回させるのを飽かず眺めて いたこと、ホノルルで夜に観光 (?) バスに乗ったことを覚えている。到着したのはもちろん羽田で、雨の中タラップで傘を渡されたこと、祖父母と叔父に出迎えられたことを覚えている。

最近指摘されて気が付いたのだが、私には、渡米前の記憶は全くない。したがって、在米中には「外国」などという意識はなかったはずだ。スナップショットの記憶を、後から得た知識でつなげた結果なのだろう。

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