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2008/10/21

三感を研ぎ澄まし (Dialog in the dark)

学校の先輩に背中を押され、未来館で開催された Dialog in the dark  へ。視覚が使えない環境で、聴覚、触覚、嗅覚の三感に頼って (味覚は事実上使う機会がなかった) 人とコミュニケートしつつ行動する体験。

この企画は一昨年初めて知ったのだが、近くでやってくれている間には行きそびれ、台場地区まで遠征。

感じたこと:

  • はじめに明るいところで外回りのスタッフから説明を受けて、次に僅かに明りの残る二重扉の間の空間でアテンドの「隊長」に紹介された。そこで、初対面の人たちに対して、外でよりはるかに抵抗なく話せる自分を発見した。照れとか羞恥心は、視覚に大きく依存することを自覚した。
  • 声が、非常に大きな情報源になる。個人識別も声によるし、人の位置も声で判断することになる。黙っている人はそこにいないように感じられ、隊長の声に安心する。声から各人のイメージを構築したが、外に出てから外見との対応を取ることができなかった。
  • 「見えるような感じ」は、こめちさんと同じ。喋っている人は、そこにいる感じがした。置いてあった人工物も、見たかのように鮮明に覚えている。
  • 会場が、おそらく実際より広く感じられた。会場を見られる機会はないのだが、一時間経って次のグループが入って来た時、すぐ隣を通ったので驚いた。見えないために移動速度が遅いせいか?
  • 視覚障害者には、「方向感覚」が晴眼者よりはるかに重要になるのではないかと思った。自由に歩くためには、頭に地図を構築して、そこにさまざまな情報を割り付ける必要があるだろう。元の地図がしっかりしていないと、苦労するだろうと感じた。
  • 事後に会場を光の下で見てみたいと思った。

飲物の後で、隊長に経過時間の推測を訊かれた。私はほぼ正確に一時間と感じたのだが、ずっと短く感じていた参加者が多かった。その時、隊長がどんな時計を使っているのか訊ねたのだが、針にさわれるものだそうだった。探したら、盲人用、視覚障害者用腕時計がみつかった。これは、私にも便利かも知れない (肌が弱くて腕時計を持っていないのだが、電話の時計を見るのがはばかられる状況がある。そのような時には、触れて時間がわかる時計が有用に思える)。

D1

受付。

以下は、次回以降に参加してみようという方のために:

  • 開催案内 ML に参加しておくこと。
  • 今回は ML で連絡が来たその日にほぼ満員になったが、券を予約して購入しなかった人の分が出てきた時 (四日後) に、買うことができた。
  • 体験時間は約一時間と言われていたが、それは暗闇に居た正味の時間だった。14:15 の開始時刻に対し、14:00 集合で、解散はおよそ 15:45 だったと思う。


追記

2009/3 から外苑前に常設の施設ができた。
それでも満席の日が多いようだ。

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